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マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

朽ちる前に動け-方丈記-

 

喫茶店に入れば所狭しとテーブルと椅子が並んでいて、窮屈そうにパソコンを開く人、眉間にしわを寄せて読書をする人、虚空を見つめてタバコを吸う人がいる。養鶏場のひとつのブースに閉じ込められた鶏を思い出した。大都市へと人口が集中し、地方の過疎化が進んでいるというけれど、高い物価を払った上に身動きが取れなくなっているようで滑稽だなと思った。自分で選択する自由があるのにも関わらず、敢えて不自由な道を選んでるように映ってならない。自由を行使して不自由な道を選択している。きっと自分も同じような選択をしているので、明日は我が身だ。

 

 

理由は分からないけれど、ひとつ文章を書いてみたいと思った。マダガスカルでの日々を綴らせてもらったが、文章にするという行為自体は自分の中の混沌としたものに居場所を与えるように、理路整然とした秩序を生み出す効果があると考えている。消化不良だった言葉や感情に額縁をつけて、自分の中にそっと立てかけておく。そうすることで、いつでもその時の答えを掘り起こせるものだ。最近は色々な出来事や言葉に埋没されて、大切なことまでも削ぎ落ちてしまっている。だからもう一度文章を書こうと思ったのかも知れない。

 

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最近心を揺らされた言葉がある。

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず

淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

 

 

方丈記」の書き出しに、なぜだろうか、衝撃を受けてしまった。

往々にして、学校教育の中で触れきた文豪たちの名著は、幼き拙い感受性では理解の範疇を越えていて、社会の本質が見えだした頃に初めて響くものである。咀嚼できるほどの経験が相伴って初めて、鋭利な筆跡であることに気づいた。

 

流れている川の流れは絶えることなく続いている。今流れている水は以前のものでは無い。浮かんでいる水の泡は一方で消えたかと思うと他方で新しくできて、長い間そのままの状態ではない

 

 

運と縁が重なってYahoo!という会社に入社したわけであるが、安定した職はまるで癌の如く、知らず知らずのうちに自分の細胞を蝕んでいた。マダガスカルに飛び出した時の様な、変化に対して真っ向から対立することが出来る自分の中の免疫は確実に弱っている。波風を立てないことが正義に感じてしまっていた。しかし、気づいた時には手遅れで、もう自分で立つことも出来なくなってしまう。全ての事象は留まることは無く、常に変化しなければならない。安定した職に、そして毎日の業務に溺れて、今の自分を保ち続けようとしたことを激しく後悔した。かの有名なヘラクレイトスも書き記したように「万物は流転する」のだ。

 

大きな変化でも無くても構わない。ただ、常に変化を起こし続けなければ、自然の摂理に従って人間なんていとも簡単に淘汰されてしまう様な気がした。逆説的な表現になるが、変化を起こせる人はたとえ無謀にも思える壁にぶち当たったとしても、自然の摂理で生かされるのだろう、ふとそんな考えが頭をよぎった。

 

最もリスクが大きいことは全くリスクを冒さないことだ。

現状維持より、大胆な決断の方が確実にリスクが少ないことを800年も前に生きた鴨長明に教わるとは感慨深い。人類の叡智は光だ。

 

大きな変化に躊躇ってしまうのは人間の悲しき性で、自分自身が一番その弱さを知っている。たが、なんにも考える必要は無い。決断を先延ばしにすることが一番自分の寿命を縮めることなのだから。

 

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“朽ちる前に動け”今の自分に強く訴えかけろ。

 

アタリマエの定義を探しに…

大事なものは既に自分の中にある-マダガスカル最大の学び-

 

日本に帰国した。秋から冬へ季節がひとつ進んでいた。

飛行機を乗り継ぎ、約二日かかってマダガスカルから日本に帰国した。渡航日の夜、何とも言えない気持ちを抱えて飛行機に乗った場所と同じ景色に見えなかった。あの日から三ヶ月半という時間がたったというよりも、いつも通りの日常にすっと溶け込むように何も違和感がない。マダガスカルでの日々が日本と同じ時間軸で推移した気がしなかった。10月12日に飛び立って、10月13日に帰って来たようなそんな感覚に近い。マダガスカルでの時間はどこか異空間で流れていた、そんな感じだ。

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日本語を勉強している彼らが行くことを切望してやまない日本という国はどのような国なのであろうか。自分の生まれた国であるのに関わらず、どこか他人行儀で穿った見方をしてしまうから不思議だ。毎日外国人と触れ合う税関の人間が英語をカタコトで喋り、空港から都内に出るだけで信じられないほどのお金がかかる。自動販売機が並んでいて、エスカレーターの案内をする女性が立っている。妙に欠如している様に感じることがあったり、妙に感心してしまうことがあったりする。何よりも強烈な印象に残ったことは、日本は良い匂いがすることだ。日本に住んでいる人は気づかないのだろう、どこを歩いていても無臭な場所は存在しない。何かしら、ほのかに匂いがするのだ。そしてその匂いは僕に強烈な安心感をもたらす。

 

マダガスカルと違って街行く人々の会話の全てを理解することが出来る。今まで“音”に過ぎなかった人々の声に、理解することが出来る“意味”が宿り出すと、反射的に聞き取ろうとしてしまう。無意味に集中力が奪われてしまうのだが、ひとつ日本語の気になる点が湧き出していて、それが敬語だ。相手を立てる非常に素晴らしい表現だと思うのだが、冷静に言葉精査してみると釈然としない。ひとつは敬語を話す相手にその人が見えない。言葉の選び方にその人の性格であり・考え方であり・経験が知らず知らずのうちに現れるものである。しかし一部の敬語は定型文化しており、言葉から見えるその人を殺す。なぜか渡航する前は違和感すら覚えなかった表現でも、今はこの人は自分の言葉で喋っていないなと感じることが多くなった。もうひとつは“宜しくお願い致します”という言葉だ。抽象的で万能な表現であるが故に何を言いたいのかよくわからない。ビジネスメールで文章を締める際、初対面の挨拶の際に多様される表現であるが、個人的には汎用性が高い単なる手抜き表現なんじゃないかと思っている。もっと的確な言葉を選ばない限り相手に敬意なんて伝わらない。

 

マダガスカルでカラヲステル」というタイトルでブログを綴らせてもらった。自分の中に取り込むことの出来るものの総量は決まっていて、デトックスをする様に要らないものを捨てることで初めて新たな重要な事柄を吸収できると考えていたからだ。日本で培ってきてしまった固定概念や色眼鏡を外すことで、違ったものの考え方・重視すべきものの選別の仕方を新たに手に入れようと思っていた。結論から言う。新しい何かを得ることも、殻を捨てることも出来なかった。理由は簡単だ。どちらも必要が無かったからだ。

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今まで僕は数の足らない七並べをしていたのかも知れない。どんなに新しい手札を増やして新しい知識を得たとしても、必要なたった一枚のカードさえ無ければゲームは永遠に終わることが無い。同様にどんなに自分の手札を捨てて固定概念を無くしたところで、必要なたった一枚のカードさえ無ければどうすることも出来ない。その最後の一枚、いわば一番重要なカードはどこにあるのか。きっとそれは手札や場にはなくて、自身の胸ポケットにしまってある。重要なことは新しい何かを手に入れることでもない。今持っている不必要な物を捨てることでもない。本当に重要なものは既に胸にしっかりしまってある。

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「大事なことは既にあなたは知っています。」そんな強烈なメッセージを社長から受け取った。決して僕に言葉にして投げかけてくれたわけではない。社長の背中が全て物語っていた。人との縁をどこまでも大切にすること。絶対に諦めないこと。人の役に立つこと。自分に自信を持つこと。そんなこと全て0歳で生まれた瞬間から23歳の10月12日までの間に触れてきた。両親に幾度となく言われ、先生に幾度となく聞かされ、本の中で幾度となく読まされた言葉だ。日本から離れて、遥か遠くマダガスカルにまで渡航して見つけ出した黄金は僕の知っている形をしていた。しかし、逆に言えばいつでも触れることが出来るが故に見つけ出すことが難しい。事実、儒家の始祖孔子の言葉は深奥な哲理でも無く、神秘的なお告げでもない。平々凡々、世にありふれた道徳であった。卑近な真理を、最も重要な一要素として教わった。マダガスカルで関わってくれた全ての人に心から感謝したい。

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マダガスカルを代表する木であるバオバブは高さ30mにまで成長するものもある。平坦な大地にひと際目立つ大樹は見るものを圧倒する。しかし生まれたばかりバオバブはあまりにか弱く、いとも簡単に淘汰されてしまいそうだ。しかし過酷な乾季の乾燥に耐え、雨季の猛烈な風雨に耐え、数センチずつ大きくなる。急成長することは無いが、成長の歩みを決して止めないその強さに何か感じるものがある。バオバブの若木に自らを投影した。

 

アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General

青の炎-生命が燃える感覚-

 

大事な看板は真っ黒なのに縁石を丁寧に泡立てながら手洗いする。“なんで私を呼ぶの?で、注文は何さ?”レストランでスタッフを呼ぶと強めに怒られる。車のナンバープレートに手書きの数字が並んでいる。タンクトップの男性がニット帽を被っている。何も通達なく水が二日止まる。外人というだけで金銭を狙われる。道路が車一台分くらい大きく陥没している。お金をあげなかったら物乞いに文句を言われる。秒針が重力に逆らえない時計が売っている。正しい鍵なのに手ごたえが無く永遠に回り続ける鍵穴がある。スーパーで売っているお菓子は既に開いていて中身が食べられている。大臣がキャバ嬢っぽい。バスで膝の上に座られる。渋滞が凄まじくて歩く方が早い。ハエがでかい。体重を測ることで生計を立てる人がいる。水道管が破裂して水が噴き出している道がある。うかうかしていると普通に車に轢かれそうになる。乞食がしつこい。食堂で出てくるお皿とコップがびちょびちょ。気分次第でバスに乗せてくれない。席の隣が鶏。

 

数えだすときりがないくらい、この国は違和感を覚えることが多くて不自由なことが多い。でもなんでだろうか。この国のことを嫌いになれない。優等生よりも手のかかる子供の方が可愛がってしまうように、面倒ばかりのこの国に愛着が沸いてしまった。

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3ヶ月半という時間があっという間に感じたのはそれほど充実して日々であり、時間を忘れてこの国に没頭してしまったからであろう。一から十まで全ての面倒を見て頂き、可愛がっていただいた社長にはなんと感謝したらいいのか、僕のことを“My son”と呼んでくれ底抜けの優しさで包んでくれたホストマザーに何と感謝したらよいのか。困った時にいつも助けてくれた友達やスタッフに何と感謝したらよいのか。僕の拙い言語化能力では上手く言葉に出来なくてもどかしい。振り返ればいつも同じことをここに書いていて、いつも同じことを思っていた。優しさが本当に身に染みた。

 

この三ヶ月半の深く記憶に刻み込まれた鮮やかな日々を言葉で象るならば、それは“青の炎”だ。赤の炎は火の象徴的な色でありメラメラと大きく揺れるが、酸素が不足し完全燃焼とは言えない。対照的に青の炎は淡々とそして確実に、完全燃焼して高温でかつ燃えカスを残さない。自分のインターンとしての活動は完全燃焼とは程遠いものだったかも知れない。至らぬところばかりでお世話になった会社に残せたものは限りなく少ない。ただ、マダガスカルの酸素を胸いっぱい吸って、自分の命を燃焼させた気がした。感動も落胆も、喜びも悲しみも自分の五感を遮ることなく命を完全燃焼させ青の炎を灯した気がした。

 

“生きてて良かった”と思える瞬間を作り続けることが詰まるところ、生きるという意味なんじゃないかと思っている。何か大きなことを成し遂げた時に感じる達成感であったり、身近な小さな幸せを見つけて感じる満足感であったり、それらの全ては生きてて良かったと思える瞬間へと繋がり、明日を迎えることを肯定してくれる。マダガスカルは僕にとってまさにそれの連続であり、忘れられない出来事や欠けがえのない人々に出逢うことが出来た。何とも言えない温かな感情が胸に残った。本当にマダガスカルに来ることが出来て良かった。

 

忙しい社長には決して作れない、文化にないマダガスカル人には決して作れない、僕にしか出来ない表現で朝になるまで折り紙を折り続けた。感謝の気持ちを込めて。

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アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General

引き出しに大切にしまいたい-珠玉の言葉-

 

スポーツの世界でこんな言葉がある。強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのだ。ビジネスでも同じだ。正しいものが生き残るのではなく、生き残った者が正しいのだ。

 

社長と3ヶ月半時間を共にした。物凄く多くの言葉を頂いた。社長が10年間にわたり孤軍奮闘することで得た珠玉の言葉たちに日々接する機会があったことは物凄く大きい。経営者哲学を綴った本が巷に溢れかえっていて、何が正しいかなんか分からない。ただ確実に言えることは本を読むことなんかより、最前線で戦っている人の生の声は比にならないほどの気付きを僕に与えてくれる。この言葉たちを消化していき自分のモノに出来るように僕なりの解釈を加えつつ整理する。

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僕は欲しいものは全て手に入れてきました。手に入れるまで続けますから。

失敗しても諦めない。挑戦し続けるからこそ失敗は教訓に姿を変え、その教訓が次のより良い一手を生み出す。その繰り返しを続けることでどんな困難な局面でも確実に壁を打ち破り、望んでいる全てのものを手にしている。その姿勢を実践することは極めて難しいことだろう。しかし全てに通ずる学ぶべき姿勢だ。

 

時間は平等なものではなく人を雇うことで増やせます。経営者になって初めて分かりました。

多忙になれば多忙になるほど、自分一人で全てのことをこなすことは難しくなってしまう。そこでその人の時間と経験と能力をお金で買うのだ。例えば1時間かかる書類作成の仕事と1時間かかる商談の仕事があるとする。給料を払いスタッフを雇って書類作成をさせることで、同じ1時間で自分は商談の仕事をすることが出来る。本来2時間かかるところ、スタッフの時間を買うことで1時間で2時間分の仕事をこなせた計算になる。もっと身近な例を挙げればお店で食事を食べるということは、自ら食材を買って・調理して・食べ終わったら皿を洗うという時間を、働いている従業員から買うということになる。逆に働いてる従業員からすると、食事に関わる一連の時間をお客さんに売るという行為だ。大企業の社長は1日が24時間では無くて何100時間へと化けている。

 

海外しかも途上国で起業することは辛いことばかりです。ただ日本では絶対できない程大きな仕事を自分の裁量ですることが出来ます。夢があります。

苦境に立たされる局面が決して少ないわけではない。日本の様に約束は履行されず騙されて泣きを見ることもある。スタッフが勝手に休んでオフィスが時間通りに開かない日もある。それが立て続けに舞い込むと、精神的なダメージは相当なものになるだろう。しかし憔悴している様に映ったことは一度もないので社長の精神力は尋常ではない。そんな難しい環境で戦っている理由の一つに日本では絶対に出来ないことに挑むことが出来る点を挙げていた。省庁が集まる地域、いわば日本で言う霞が関を移転させる提案を国の人間に通してしまったり、家を600軒建てる新たな地域コミュニティを作り上げる案件を実際に動かしてしまったり、湖を観光名所にするための提案や、商業ビル建設の案件を市長に通してしまったりしている。マダガスカルという国を作り上げている。リアルシムシティでそこには夢がある。

 

大変ではありません。毎日が大変だと大変が当たり前になるので大変ではありません。

社長は常に多忙だ。大晦日だって元旦だって休むことなく仕事をしていた。朝の4時に寝て6時には仕事を始めていたりする。アポイントの連絡はあまりにも急で、あっちへ行ってこっちに帰ってきて今度はそっちに行く、みたいなことが頻繁に起こる。いつもいつもそのような時間を繰り返していて体がもつのか心配になることがある。しかし社長曰く、忙しくて大変なのが当たり前であり、慣れてしまっているので大変じゃない。大臣と会ったり、宮中晩餐会に出席したり、市長にアポイントなしで面会したり、国民議会の議長から電話がかかってきたりしている。ポジティブな意味においても大変なことばかりなのだけれど、大変なのが当たり前であり、慣れてしまっているので大変じゃない。常軌を逸していると思った。

 

僕を頼って来てくれる人の力になりたいんです。

社長を頼って毎日色々な人が訪ねてくる。勿論本業としているコンサルティングの仕事や仕事も来るのだが、貿易の仕事など全く関係の無い話も決して少なく無い。ビザの更新に困っているから助けてくれ、中国人の喧嘩の仲裁をしてくれ、日本へ留学するにはどうしたらいいの?など枚挙に暇がない。言ってしまえば僕も社長に頼ってマダガスカルに来たわけであり、負担以外の何物でもない。しかしどの依頼に対しても真摯に対応する。人の役に立ちたいという思いが根底に揺るがないものとして存在しているところを本当に尊敬している。

 

究極の途上国援助は何もしないことです。

親離れしない子供と一緒だ。面倒を見てくれている両親がいる限り子は自立しない。支援してくれる人がいるのなら人々は何もする必要は無くてひたすら脛をかじり続ける。自立する力が身につかないのは必然だ。逆に何もしないとどうだろうか。ある一定数は淘汰されてしまうかも知れないが、どうにか生き残ろうと必死の努力をせざるを得ない。結果的にその国は自分の力だけで立ち上がる。しかし途上国援助がなくなることは恐らくない。それの恩恵を受けている人々がいるからだ。国際協力機構が無くなれば職を失う人がいる。政府開発援助という名目で受注した建築会社などの民間企業も一斉に仕事を失うことになる。途上国援助は穿った見方をするとひとつのビジネス形だ。

 

僕が学んだ言葉の数々はこんなところに書ききれるほど少ないもでは決して無くて、ほんの一部に過ぎない。上手く言葉で表現できるものもあれば、今の未熟な僕の思考回路では整理できないものもある。将来自分が岐路に立った時・実際にビジネスを立ち上げた時、そんな時に心の引き出しを開けて探しだすことが出来るように、大切に温めていきたい。

 

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Malaza Societe General

何も変哲のない平易な日常がじんわりと温かい

 

マダガスカルは今夏であり雨季にあたる。日本の様な猛烈な暑さでは無くて、長袖で過ごせるほど爽やかな暑さだ。日差しは強いものの日陰に入ると涼しく、非常に心地よい。南国の人は明るい人が多くて、寒い地域に著名な哲学者が多いと言われている。肌を見せることは自分をさらけ出すことに近く、他の相手との心理的な距離を近づける。服を着こむことは自分の殻を増やすかの如く、感情のベクトルを自分自身に向けるのかも知れない。先日洗濯物が雨に濡れびしょびしょになってしまった。着るものがない…というのではなく、ずっと雨にさらされていた自分の洗濯物が可哀想になって悲しくなった。バックパックひとつで荷物を限りなく減らしているのだが、モノが少ないと愛着が沸く。単なるユニクロの肌着なのだが大切なもののひとつだ。

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“同じ過ちを繰り返す者は馬鹿だ。”

この言葉は本当に的を射ていると思っていて、ひとつの失敗を無駄にすることなく次に繋げていかなければならない。この言葉に当てはめると僕は馬鹿だ。

 

今まで生きてきた中で何度も同じ失敗をしている。先延ばしにしてしまうことだ。小中学生の頃、夏休みの宿題は最終週に終わるタイプの人間だった。高校では7月中に宿題が終わる人間に成長し、大学では当日の朝に試験勉強を始めるタイプへ退化した。計画的に進めることが最も良い手段であるとわかっていながら、それをすることが出来ない。夏休みの宿題や試験勉強の場合は、提出すれば良くて合格点を叩き出せばいい。早くから取り組んだ場合と、先延ばしにしたことの差異はあまり無く、過ちを挽回することが可能だ。しかし、今回失敗したことは二度と挽回することが出来ない類のものである。

 

人生で経験したことのない何かに初めて挑戦したときの記憶は鮮明に残っている。自分が感動したこと・腹を立てたこと・言葉を失ったこと、感情が大きく動いた瞬間のことも記憶に深く刻み込まれている。しかし、なぜだろうか。何も変哲のない平易な日常がじんわりとした温かさを保っていて、ふとした瞬間に強烈にあの日に戻りたくなる様な感覚に陥ることがある。僕は今更になってマダガスカルにいた当初の日々を振り返り、その感覚に陥るのだ。帰国日間近になって、その瞬間瞬間を全力で噛みしめなかったことを後悔し始めている。8月31日になって初めて焦りだす、試験前日になって焦り出す、日本を帰る日を意識して初めて焦り出すという、あまりにも安易で愚かな過ちを繰り返してしまっているのだ。

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日本語を学ぶ生徒の希望で、個人的な授業を開催させてもらった。恥ずかしいくらいこの国にはお世話になっているので、自分に出来ることがあれば少しでも役に立ちたいという思いからだ。授業後に一緒に食事をしたのだが、大衆食堂で何一つ特別感は無く、日常が詰まりに詰まった時間が言葉で形容できないほどの充足感を僕にくれた。“日本語を勉強する機会をくれて本当に嬉しい”と言ってくれる生徒がいる。来週には日本に帰ると伝えると寂しがるよりも先に“いつ帰ってくる?”と聞いてくれる。“彼女が二人いるから美人な方をプレゼントするよ。あ、日本に帰るんだっけ?じゃあ国際郵便で送るね”とはにかんでくれる。なんだか凄く幸せな時間を過ごした様な気がした。何一つ特別な会話をしているわけでも無ければ、今までしてこなかった会話でもない。ただ異なること、それはひと時も無駄にしてはならないと僕が目を覚ましただけだ。

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“失ってから大切さに気付く”とか“一瞬一瞬を大切に生きる”みたいな巷に溢れる言葉で修飾するのは月並みな表現であまりにも臭い表現になってしまう。ただこの言葉は真だ。普遍で継続的な日常を否定してはならない。非日常に溺れること・日常が予想だにしない瞬間に途切れることで、日常の有難味がくっきりと輪郭を持ち出す。しかし時既に遅しで、その輪郭は虚像でしかないのだ。3ヶ月以上も滞在しているのにも関わらず今更になって気づいている自分が情けない。マダガスカルに到着して右も左も分からない状態のその時から、この国を味わい尽くすることが出来ていたらと、後悔するにはあまりにも遅すぎる。帰国前にこの感覚を味わうことが出来ている分だけ、運が良かったと肯定的に捉えることしか出来ない。

 

僕の滞在はまだ終わっていない。

 

アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General

 

どこにでもいる-中国人の凄さ-

 

滞在三ヶ月が経過しようとしている。それは帰国日があと10日になったことを暗示していて感傷的な感情を湧き起こす。フィリピンにいた時はあれ程日本に帰りたいという欲に支配されていたのに、マダガスカルではここに居たいという思いのみが溢れている。滞在の延長を社長と相談しながら真剣に検討した。ただ今回は敢えて帰国という決断に至った。インターンで得た学びは数え切れないほどあるのだが、その一つ“縁を繋ぐ”ことの実践をするためだ。「しなければならない」ではなくて「したい」と思える選択には前に進むための大きな推進力が伴う。帰国しなければならないではなく、学びの実践のために帰国したいと思っている。

 

マダガスカル・モーリシャス・レユニオンの3国を廻り色々な方と接する機会があった。社会的立場が高い方とお会いすることもあれば、いわゆる地元の人々に会うこともある。基本的に初対面の人には中国人とみなされることが多い。またアフリカにいるとアジアの顔立ちは非常に目立ち、街を歩く人々に“ニイハオ”と話しかけられることも多い。先日モーリシャスで話した男性には“What’s part of China?”と話しかけられた。これらの理由は簡単で中国人が多いからである。

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偏見だけで印象を決めつけてしまうのは本当に失礼だ。ただ正直に僕はあまり中国人が好きではない。どこへ行っても旅行先には必ず中国人がいて、極めてマナーが悪いからだ。大声で喋る・列を並ばない・ゴミを捨てる。故に中国人とみなされること、“ニイハオ”と声を掛けられることは嬉しくない。ただ、最近僕の中で中国人の見方が少し変化しだしている。

 

中国人は物凄い民族だ。世界各国どこでもいる。単純に人口が多いことから遭遇する確率は高いわけではあるが、それだけが理由だけではない。“華僑”という言葉がある。僕は小学生の頃、太字で綴られているこの言葉を教科書で初めて見たのだが、キーワードになるほど重要な単語であることを意味している。横浜には大きな中華街がある。同様に今まで僕が旅したどの国にも、例外なく中華街が存在している。それはどの国にも少なからず中国文化が入ってきて彼らが生活圏を形成していることを意味する。“Made in China”はもはや国際言語で安価だが質が悪いことの代名詞だ。貧しい国や貧しい人々にとっては安価であることは第一条件になるわけで、質が悪くても購入する。中国はそういう人たちの生活を支えている。考えてみれば考えてみるほど、中国という国は良し悪しを問わず世界中に驚く程浸透している。驚く程だ。

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最近の日本人の若者は海外志向が低いと言われている。大使館に勤める医務官の話では、外務省に勤める最近の若い人たちは海外に出ることを拒むそうだ。それと対照的に中国人はすごい。華僑という言葉が生まれたということは何世代も前から中国を飛び出し、海外で戦っていた人たちがいたということだ。生活が過酷なアフリカにも物凄い勢いで進出し席巻してしまった。中華街を築き上げ、コミュニティを生み出し、地域に根を張る。全世界のどんな国でも対象にしてしまって、本国から遠く離れたモーリシャスやレユニオンの小国までも抜かりない。

 

社長に集まる中国人を見る限りでは、ビジネスの方法も驚く限りだ。マダ語を勉強する気が無く平易な単語のみで会話する。単語を連呼するので物凄くイメージが悪く映るのも仕方ない。話し合いは強引そのもので仕事を相手に丸投げ。僕は彼らを否定しているわけでは無くて、寧ろその図太い神経を称賛している。世界的な成功を収めたスティーブ・ジョブスやジェフ・ベソスも時として物凄く強引で傲慢な意思決定を敢行すると言われる人物だ。勿論常にそのような姿勢を取っているわけではないが、時として正しいことがある。強引なビジネスは忌避されると思いきや、成功している中国人が既にいることはそれがひとつの手段として成立することを物語っている。莫大な資産を築き上げ、国の政治家と金銭で結びつき国家の中心的な役割を陰で握り始めている。

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漢民族は外へ飛び出す勢いとコミュニティ構築能力が素晴らしい。その強引さや図太さから嫌われることも少なくないが、ビジネスとして捉えた場合に彼らから学ぶべき点が多いのではないだろうか。

 

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形を変えた地域支配-海外領土・自治領-

 

モーリシャス・レユニオン共にドードーがいた国とされている。1598年頃に発見され、わずか100年後の1681年頃に絶滅した飛べない鳥だ。それぞれ種類の違うモーリシャスドードーとレユニオンドードーが棲息していた。絶海の孤島で捕食者がいない生活が飛ぶことを忘れさせたと言われている。ポケモンで聞いたことのある名前の鳥にまさかこんな形で出逢うとは、ゲームも少しは為になっている。

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種類が異なると言えどドードーが棲息していたという事実は、モーリシャスとレユニオンが同じような環境だったことを証明している。実際に飛行機で40分の距離であり、これは東京から八丈島の距離とほぼ同じで物凄く近い。島の雰囲気もクレオール系の人が多いという点で共通点が見受けられ、同じ国ではいけないのだろうか、もしくはレユニオンという国家ではいけないのだろうかと純粋に思った。勿論歴史が異なるため両国が歩んできた道は全く異なるのだが、かたやフランス領という事実が少し違和感を覚える。フランスから物凄く離れた距離に浮かぶひとつの島なのにも関わらずだ。レユニオンからは7人の議員がフランス国民議会に選出され、2人の議員が元老院に選出されていることから、ニュアンスは圧倒的に異なるのだが植民地の延長の様な気がしてならなかった。

 

調べてみるとフランスの海外県・海外領土は大西洋や太平洋、インド洋、南アメリカ大陸、南極周辺の島々、領有を主張する南極の一部に広がっており、これらの地域に居住する人口は250万人を超えている。これらの地域では独自の法律が制定されていて、国防・国際関係・貿易・貨幣・法廷・統治なの特殊な分野を除いた部分では独自の法律を制定する事が許可されている。しかしながら独立を求める活動も数多く存在しており、今も変わらずフランスに支配されているという印象を持ってしまった。決して植民地支配も海外領土に留まっていることも、その地域の人々にとって必ずしも悪であるとは思っていない。ただちょっとした違和感として残った。

 

更に視点を拡大してみるとこの世には僕が感じた植民地の様な地域はまだまだ存在している。サモア諸島の中でも西経171度線を境に、サモア独立国アメリカ領サモアという地域に分けられている。ひとつの国に統合されていない。よくよく考えてみるとグアムやサイパンはアメリカの海外領土という扱いになるし、ニューカレドニアはフランス領になる。ハワイはアメリカのひとつの州に数えられている為、海外領土では無いのだが独自の文化を持ちあれだけの観光都市になっているのだから一つの国家として成立しても不思議ではない。普段意識して考えてみないと、そのようなちょっとした違和感すら感じなくなってしまうから怖い。大国の利権が絡んだ地域支配は現代においても形を変えて残存している。

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沖縄が日本に返還されて40年以上が経過した。歴史の針が変わっていたら未だに沖縄はアメリカの領土だったのかも知れない。遠く離れた地域に浮かぶ大国の海外領土を、他人ごとではなく当事者の様に捉えていたのかも知れない。

 

アタリマエの定義を探しに…

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