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マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

利己的になってはならない。―ビジネス成功の条件―

マダガスカルの通貨はアリアリだ。何とも可愛らしい名前で愛着が沸く。100アリアリが約4円。食事を地元民が集まる安い食堂で済ますと3000アリアリ程度で食べることが出来る。1000アリアリは100アリアリの10倍だから40円の10倍の400円でその3倍が3000アリアリだから…。要するに毎回こうなる。77500アリアリともなると、“取りあえず待ってくれ!えーと…”と始めなくてはならない。加えて04年までマダガスカルフランも併用していたため現在でも値段交渉の際にマダガスカルフランで値段を提示されることも少なくない。このマダガスカルフランは更にアリアリより桁が大きいため、更に頭が混乱する。

大金を消費するような錯覚を覚えて不安になるのでやめて欲しい。

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ビジネスという観点でマダガスカルに来ている。

なぜかこの2つの言葉が僕の脳のなかでリンクした。

 

“IからWEへ”

中学一年生の頃、学年目標として掲げられた言葉だ。

自分のことだけを考えるのでは無く、自分を含めた皆へ視座を転換させ考えて欲しい。小学校の自由闊達な生活に変化を加え、他者を意識した社会での立ち振る舞い方を僕たちに伝えたかったのだろう。当時の僕には単なる文字の羅列にしか映らなかったが教師陣の願いが込められていた。

 

“私から公へ”

ビジネスをする上での成功条件として社長が掲げた言葉だ。利己的な欲を満たすだけのビジネスは必ず破綻する。世の為・人の為にならないビジネスは淘汰されて然るべき。どんなに小さなことであれ人の役に立つことをする。これがビジネスが長期的に成功する要因だと語った。

 

僕は常に大事なことはシンプルであると思っている。

言葉にするとあまりにも潔く軽快だが絶対に埋もれない言葉の数々は、物事の本質を捉えている。真新しい言葉でも無くて一度はどこかで聞いたことがある言葉は、窮地に立った時にふと湧き出すように現れて、その時に始めて本当の意味を知る。

幾多の生徒を送り出してきた先生たちが僕たちに望んだことは、“私から私達”になるという極めて易しい言葉で形容された。

幾多の修羅場を潜り抜けてきた社長がさらりと放った言葉も、経営哲学として一度は聞いたことのある易しい言葉で形容されていた。ふたつの言葉はシンプルさと裏腹に物凄く大きな意味が込められている。そんな気がした。

 

社員ひとりを従業員として雇うと当然ながら彼らに対して責任を負う。それは彼らの家族に責任を負うことを意味する。マダガスカルに限ったことでは無いが発展途上国の多くは人口ピラミッドが綺麗な三角形をしている。これは若年層が多いことを意味していて、家族の中の子供の数が多い。社員一人を雇うと結果的に多くの人の生活を支えることとなり、公の部分が必然的に大きくなる。日本であっても同様で少しでも私腹を肥やそうと私の利益を上げようとするとブラック企業とのレッテルを貼られ、搾取労働とみなされ世間から叩かれる。結果的に淘汰されるというわけだ。会社を経営して企業活動を行うことは間接的に将来有望な子供たちの選択肢を広げている。そこにも“私から公”が隠れていて、社員に対等な責任を負うことだけでも世の為になっている。規模が大きくなればなるほど公共性が更に求められ、社会を担う一団体としての役割が求められる。

 

世の為・人の為にならないビジネスは淘汰されるべきだと僕は信じてます

 

言葉じりに意志が混じっていた。

マダガスカルでは現状私腹を肥やすためのビジネスをする強引な中国人・インド人が多い。マダ人も彼らのことを嫌っている。

私腹を肥やすための政治家が多い。汚職が蔓延している。

一時的な利益だけで腐敗した候補者に投票する国民が多い。金のある強欲な政治家が笑う。

この国で世の為・人の為に尽力することの難しさが社長の言葉の最後からからこぼれた。

 

ワシントン条約で取引が規制されているカメに出逢った。

高値で取引されることから乱獲され個体数が激減したという。

逆風を受けながらも力強い足取りで大地を踏みしめる姿に共感を覚えた。

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アタリマエの定義を探しに…