マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

日本語ネイティブの価値-国際人として勝負するには-

 

グローバルという言葉がある。最もこのグルーバルという言葉を聞いたのは就職活動の時だったであろうか。「日本の社会は今後人口が減少し続けてマーケット規模が縮小する。そのために海外に目を向けてグローバルに進出していくことが求められる。」グルーバルという言葉を使って形容する企業がグローバルかというと疑問だ。本当にグローバルな企業は決してグローバルをうたわない。それは当たり前の前提条件・共通認識であるので殊更に言うまでも無いからだ。海外で働きたい・グローバルな仕事がしたいと言う学生も多いが、恐らく海外と接点が全くない仕事はこの世から存在しなくなっている。

 

社長は日本でのサラリーマン経験が無く、中国・米国・マダガスカルと生活の基点を移している。五カ国語を流暢に使いこなし、俗に言う“グローバル人材”や“世界に通用する人間”といったキーワードが的確に当てはまる。社長の言葉に自分なりの脚色を付け加えまとめます。

 

“日本人は日本語の読み書きが出来ることを特殊技能にすれば良いんですよ”

日本人が日本人である由縁のひとつ、それは日本語をネイティブに話すこと・日本語を巧みに読み書き出来ることだ。最初この言葉の意味がすっと頭に入らなかった。国際社会では英語が出来ることは当たり前になるため、“英語が出来る日本人”には何も価値が生まれない。視座を変える必要がある。日本語をネイティブに扱うことが出来る人材に価値が生まれるわけだ。

 

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日本語をネイティブに扱える人材が重宝される理由が二つある。

 

①日本語の読み書きを適切に行うことが出来るのは日本人しかいない

日本語を流暢に話す外国人は世界的に見たらかなりの数がいるだろう。日本文化が世界で認められ興味を持った人々が習得する。例外なくマダガスカルにも流暢に話す人がいる。しかし完璧に読み書きを行うことが出来る人は恐らく存在しない。これは日本語の持つ特殊な性質が関連する。“行間を読む”という言葉で表現されるものだ。文字の裏に異なる意志を案じる。自己主張を抑え口を紡ぐ。意思表示が言葉ではないため、行間を読めなければ相手の意図することを完全には理解することは出来ない。夏目漱石の「月が綺麗ですね。」という表現はきっと日本人にしか訳せない行間ありきの言葉であるだろう。自己主張を基本とする社会では理解しえない概念だ。

 

②日本の固有のマーケットは死なない

日本のマーケット規模は縮小するかも知れない。それに伴い企業が海外に活路を見出すならば、結果として地球規模で日本への需要は消えることが無い。高級時計といえばロレックス、ブランド品と言えばルイ・ヴィトン、バカンスに行くならハワイ。このような日本人の間で謎に浸透しきっている分野においては世界有数のマーケットになるため、日本人をお得意様として扱ってくれる。日本の高い技術力を生かした電化製品、見ない国が無いと言っても過言ではないほど流通する日本車、日本が獲得した高品質というイメージがある限り需要は決して無くならないだろう。故に日本の会社や組織と対話する際には日本語を流暢に使いこなせる人材が必要になるわけだ。

 

今の日本の教育の流れは、間違いなく英語に注力する方針だ。小学校から英語の授業を取り入れるなどその流れは明らかだ。しかし、日本語の能力についてはどうだろうか。日本人の言語能力の低下が論じられていても、目立った対策は取られていない。

 

「議論のルール」という本の中で、国会答弁の内容が辛辣に批判されている。彼ら国を代表する議員が話している内容を全て文字におこすと、まるで噛み合っていない。論点が右往左往して大事な内容の答えが述べられていない。国の頭脳である彼らが会話のキャッチ―ボールすら上手くできていないのだ。僕たち学生がどうして上手く日本語を使うことが出来ようか。

 

議論のルール (NHKブックス)

 

英語は世界的に見て極めて簡単な言語だ。英語は何年勉強すれば良いのだろう。英語だ英語だと言って学習期間を延ばせば良いわけではない。中学3年間の勉強内容を完璧に覚えることが出来たとしたら、会話には困らないそうだ。それに比べて日本語はどうだろう。決して簡単な言語の部類には入らないだろう。討論の仕方・含蓄のある文章の書き方・目上の人への言葉遣い、僕は勉強した記憶が無い。英語のスキルを求めるあまり日本語のスキルが蔑ろになっていたら、わずか1億2000万人にしかいない日本語を使いこなせる特殊人材は絶滅してしまう。

 

グローバル人材”の鍵はもしかしたら“日本語”かも知れない。

 

アタリマエの定義を探しに…