マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

運命を感じろ-予定運命説とセレンディピティ-

 

クリスマスが近づいてきた。キリスト教が多いマダガスカルでは年一番のイベントで盛大にお祝いをする。30度近い真夏のクリスマスは初めてで年末という感覚がまるでない。23年間生きてきた中で、無意識に年末は寒いものであるというカラを持ってしまっているらしい。街中は露店の数が増えて人でごった返している。地方からアンタナナリボに出てくる人も多い。街に人が溢れかえり、露店が道を狭める。交通渋滞が物凄いことになっていて移動が出来ない。更には年明けまでバスも規制されてしまう。クリスマスを前に僕のいる街は今、混沌としている。

 

先週、フットサルのマダガスカルナショナルチームの練習に参加してきた。文字にすると単純で味気ないものになるが、個人的には一国の代表チームに参加する物凄い経験をすることが出来たと思っている。日本で例えるなら、僕はキングカズこと、三浦知良と一緒に練習したことになる。ここマダガスカルにいると普通では考えられないことすら実現してしまうから不思議だ。

 

マダガスカルのフットサル代表チームは決して強いとは言えなかった。それは今年初めて結成されたチームであるからだ。高校時代サッカーでインターハイに出場したが最近は中々体を動かす機会が無かった。そんな僕でも十分についていけるレベルだった。しかし練習メニューはしっかりと体系化されていて、監督も試行錯誤を続けながらチームを纏めていた。物凄く体格の良い選手も多く在籍していて将来的にアフリカ大陸を制覇できるほどチームになって欲しいと心から思った。

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代表チームの練習参加のきっかけは完全に縁の巡りあわせだ。在マダガスカル日本大使公邸で日本人会の忘年会に参加した。その際に挨拶をした方の旦那さんがナショナルチームの監督だった。そしてその三日後に現ナショナルチームの最後の試合が予定されており、前日練習に参加したというわけだ。何人もいる中その方と話が出来たこと、社長のアシストを受けつつもスポーツの会話が出来たこと、チームの全体練習が残っていたこと、全てが偶然で何が起こるか本当に分らないなと常に感じる日々を過ごしている。

 

セレンディピティ”という言葉がある。

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見したりすること。また何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。予期せぬ偶然を掴むことが出来れば、自分が全く想像していなかった明日を切り開くことが出来る。ナショナルチームに参加することが出来たのもまさにセレンディピティだ。何かに追われるだけの日々を過ごしているのでは、目の前に落ちている幸運さえ取り逃してしまう。何かに追われていても、肩の力をすっと抜いてあたりを見回してみる。そこには予期せぬ幸運が転がっているかも知れないのだ。

 

ジャン・カルバンは人間には自由意志などなく、全ては運命にて既に決まっているという運命予定説を唱えた。決して否定的に捉える必要はなくて、何か思うように行かないときにふと思い出してみればいい。上手くいかない理由は、さらに先にある重要な運命に出逢う為の布石だ。出逢うべくして出逢ったセレンディピティを、何かひとつに固執しすぎて見す見す逃すのではなく、自ら先取しに行く。運命を感じ取りすぐさま視座を転換させてみよう。社長も運命予定説を信じていて上手くいかないことがあった時、何かの暗示と捉えアクションを変えるという。先日もそのアクションが功を奏し、縁を手繰り寄せていた。

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フットサルナショナルチームの練習に参加したのは偶然ではない。マダガスカル渡航を決めた瞬間から決まっていて、セレンディピティが舞い込んだ必然なのである。思えば、インターンを探していた時、15人近くの海外で働く社長にメールを送り、受け入れ決定が直前でひっくり返ることが二度ほどあった。全てがマダガスカル渡航の布石だったのかも知れない。それらが決まっていたら僕はマダガスカルでのインターンの検索すらかけていない。

 

予定運命説を考えると、この後のマダガスカル滞在が物凄く興味深く思えてくる。どのような運命に導かれ、どのようなセレンディピティを掴むのか。更には人生がどのような運命に流され、どのような場所に漂流するのか。全てを神頼みに努力を怠るのではなくて、ふとした暗示を肌で感じることが出来る様、アンテナを常にはるつもりだ。

 

アタリマエの定義を探しに…