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マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

都市と田舎-チャンスの捉え方-

 

アンタナナリボは異常な街だ。一国の首都であるが故に大きな都市になっている。物凄い数の人が往来し、何キロにもわたる渋滞が起こる。ゴミが溢れかえり、河川の汚染も凄まじい。仕事を求めて都市に上がるも思うように見つからない人がホームレスになれば、治安も悪化する。もちろん地方都市に比べて利便性は高いのだろうが、住みたい街かどうかと聞かれると僕は住みたくはない。対照的にアンタナナリボから車で一時間も走れば街並みががらりと変わる。渋滞とは一切無縁で家の作りも一変する。緑が生い茂り、流れる川も綺麗だ。人も素朴でスリや強盗も少なく治安が良いとされる。アンタナナリボの様にお金を持っていそうな綺麗な格好をしている人は少ないが、ホームレスの様に貧しい身なりをしている人も少ないというのが印象だ。何よりも田舎にいると生きていることを実感する。生かされていない、生きているという感覚だ。

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アンタナナリボだけに限った話では無くて、日本にも完全に当てはまると思っている。「地方再生」や「ふるさと納税」という言葉を頻繁に聞くようになったり、「まだ東京で消費してるの?」というブログがアクセス数を集めている。地方という言葉や田舎のという言葉の定義が曖昧なため、何を指しているかも曖昧ではあるが、何となく言いたいことが分かるような気がした。

 

学生時代の同級生たちは社会人として働き始めた。地元から離れて地方で生活を始めた人もいる。“何もない”という言葉でネガティブに形容する人が多いが、その真意はどうなのだろうかと思うことがある。もちろん「隣の芝は青い」という言葉があるように東京近郊に生活圏がある僕が、他の地域のことをポジティブに捉えてしまう傾向があることは否めない。ただ最近は夜も出歩けず、娯楽と呼べるものも殆ど無い状況にも関わらず否定的に捉えていない。やはり場所ではなくて人でコミュニティは形成されていて、都市の生活が快適であると一概に言うことは出来ないと僕は思っている。

 

将来僕は都市部を離れるだろう。マダガスカルに来て考察したことのひとつに、所有を限りなく減らすという観点があった。その論に従うなら都市の様に全てのモノが溢れかえる場所にいる意味は無くなる。その生活圏が日本なのか海外なのか今のところ分からないが…。東京で鮮度の落ちる魚をわざわざ高いお金を払って食べる必要は無いし、狭い部屋にわざわざ高額な家賃を払う必要もない。会社へ行って1日中パソコンと向き合う仕事をするなら敢えて人が密集する場所へ通勤する必要もない。事実リクルートは働く場所の制約を取り払うことを始めた。

 

社長に借りた本の中で、世界一の投資家ウォーレン・バフェットは「皆が投資を敬遠している時こそチャンスだ」と言っている。リーマンショックの世界的不景気な時期こそチャンスだと捉えていた。

         ウォーレン・バフェット 賢者の教え―世界一投資家思考の習慣 (経済界新書)

フィナシャルタイムズ紙で「今後10年で未来に最もインパクトを与える ビジネス理論家」と賞されリンダ・グラットンは著書「WORK SHIFT」の中で“2025年は世界中のどの都市にも人口密集し過密化が社会問題となる一方、地方部は過疎化が進む”とするシナリオを描いている。バフェットの言葉を借りるならば2025年は地方部にチャンスが宿る。

 

        ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉

 

社長は勿論のこと、ここで生活する日本人の方々は僕なんかより圧倒的に日本の情勢に詳しい印象がある。将来に対する考察も冷静で的を射ている。日本を離れマダガスカルに滞在すると、日本について客観的に見つめ直すことが出来るのかも知れない。

 

アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General