マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

どこにでもいる-中国人の凄さ-

 

滞在三ヶ月が経過しようとしている。それは帰国日があと10日になったことを暗示していて感傷的な感情を湧き起こす。フィリピンにいた時はあれ程日本に帰りたいという欲に支配されていたのに、マダガスカルではここに居たいという思いのみが溢れている。滞在の延長を社長と相談しながら真剣に検討した。ただ今回は敢えて帰国という決断に至った。インターンで得た学びは数え切れないほどあるのだが、その一つ“縁を繋ぐ”ことの実践をするためだ。「しなければならない」ではなくて「したい」と思える選択には前に進むための大きな推進力が伴う。帰国しなければならないではなく、学びの実践のために帰国したいと思っている。

 

マダガスカル・モーリシャス・レユニオンの3国を廻り色々な方と接する機会があった。社会的立場が高い方とお会いすることもあれば、いわゆる地元の人々に会うこともある。基本的に初対面の人には中国人とみなされることが多い。またアフリカにいるとアジアの顔立ちは非常に目立ち、街を歩く人々に“ニイハオ”と話しかけられることも多い。先日モーリシャスで話した男性には“What’s part of China?”と話しかけられた。これらの理由は簡単で中国人が多いからである。

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偏見だけで印象を決めつけてしまうのは本当に失礼だ。ただ正直に僕はあまり中国人が好きではない。どこへ行っても旅行先には必ず中国人がいて、極めてマナーが悪いからだ。大声で喋る・列を並ばない・ゴミを捨てる。故に中国人とみなされること、“ニイハオ”と声を掛けられることは嬉しくない。ただ、最近僕の中で中国人の見方が少し変化しだしている。

 

中国人は物凄い民族だ。世界各国どこでもいる。単純に人口が多いことから遭遇する確率は高いわけではあるが、それだけが理由だけではない。“華僑”という言葉がある。僕は小学生の頃、太字で綴られているこの言葉を教科書で初めて見たのだが、キーワードになるほど重要な単語であることを意味している。横浜には大きな中華街がある。同様に今まで僕が旅したどの国にも、例外なく中華街が存在している。それはどの国にも少なからず中国文化が入ってきて彼らが生活圏を形成していることを意味する。“Made in China”はもはや国際言語で安価だが質が悪いことの代名詞だ。貧しい国や貧しい人々にとっては安価であることは第一条件になるわけで、質が悪くても購入する。中国はそういう人たちの生活を支えている。考えてみれば考えてみるほど、中国という国は良し悪しを問わず世界中に驚く程浸透している。驚く程だ。

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最近の日本人の若者は海外志向が低いと言われている。大使館に勤める医務官の話では、外務省に勤める最近の若い人たちは海外に出ることを拒むそうだ。それと対照的に中国人はすごい。華僑という言葉が生まれたということは何世代も前から中国を飛び出し、海外で戦っていた人たちがいたということだ。生活が過酷なアフリカにも物凄い勢いで進出し席巻してしまった。中華街を築き上げ、コミュニティを生み出し、地域に根を張る。全世界のどんな国でも対象にしてしまって、本国から遠く離れたモーリシャスやレユニオンの小国までも抜かりない。

 

社長に集まる中国人を見る限りでは、ビジネスの方法も驚く限りだ。マダ語を勉強する気が無く平易な単語のみで会話する。単語を連呼するので物凄くイメージが悪く映るのも仕方ない。話し合いは強引そのもので仕事を相手に丸投げ。僕は彼らを否定しているわけでは無くて、寧ろその図太い神経を称賛している。世界的な成功を収めたスティーブ・ジョブスやジェフ・ベソスも時として物凄く強引で傲慢な意思決定を敢行すると言われる人物だ。勿論常にそのような姿勢を取っているわけではないが、時として正しいことがある。強引なビジネスは忌避されると思いきや、成功している中国人が既にいることはそれがひとつの手段として成立することを物語っている。莫大な資産を築き上げ、国の政治家と金銭で結びつき国家の中心的な役割を陰で握り始めている。

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漢民族は外へ飛び出す勢いとコミュニティ構築能力が素晴らしい。その強引さや図太さから嫌われることも少なくないが、ビジネスとして捉えた場合に彼らから学ぶべき点が多いのではないだろうか。

 

アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General