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マダガスカルでカラヲステル

マダガスカルでのインターンブログ

大事なものは既に自分の中にある-マダガスカル最大の学び-

 

日本に帰国した。秋から冬へ季節がひとつ進んでいた。

飛行機を乗り継ぎ、約二日かかってマダガスカルから日本に帰国した。渡航日の夜、何とも言えない気持ちを抱えて飛行機に乗った場所と同じ景色に見えなかった。あの日から三ヶ月半という時間がたったというよりも、いつも通りの日常にすっと溶け込むように何も違和感がない。マダガスカルでの日々が日本と同じ時間軸で推移した気がしなかった。10月12日に飛び立って、10月13日に帰って来たようなそんな感覚に近い。マダガスカルでの時間はどこか異空間で流れていた、そんな感じだ。

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日本語を勉強している彼らが行くことを切望してやまない日本という国はどのような国なのであろうか。自分の生まれた国であるのに関わらず、どこか他人行儀で穿った見方をしてしまうから不思議だ。毎日外国人と触れ合う税関の人間が英語をカタコトで喋り、空港から都内に出るだけで信じられないほどのお金がかかる。自動販売機が並んでいて、エスカレーターの案内をする女性が立っている。妙に欠如している様に感じることがあったり、妙に感心してしまうことがあったりする。何よりも強烈な印象に残ったことは、日本は良い匂いがすることだ。日本に住んでいる人は気づかないのだろう、どこを歩いていても無臭な場所は存在しない。何かしら、ほのかに匂いがするのだ。そしてその匂いは僕に強烈な安心感をもたらす。

 

マダガスカルと違って街行く人々の会話の全てを理解することが出来る。今まで“音”に過ぎなかった人々の声に、理解することが出来る“意味”が宿り出すと、反射的に聞き取ろうとしてしまう。無意味に集中力が奪われてしまうのだが、ひとつ日本語の気になる点が湧き出していて、それが敬語だ。相手を立てる非常に素晴らしい表現だと思うのだが、冷静に言葉精査してみると釈然としない。ひとつは敬語を話す相手にその人が見えない。言葉の選び方にその人の性格であり・考え方であり・経験が知らず知らずのうちに現れるものである。しかし一部の敬語は定型文化しており、言葉から見えるその人を殺す。なぜか渡航する前は違和感すら覚えなかった表現でも、今はこの人は自分の言葉で喋っていないなと感じることが多くなった。もうひとつは“宜しくお願い致します”という言葉だ。抽象的で万能な表現であるが故に何を言いたいのかよくわからない。ビジネスメールで文章を締める際、初対面の挨拶の際に多様される表現であるが、個人的には汎用性が高い単なる手抜き表現なんじゃないかと思っている。もっと的確な言葉を選ばない限り相手に敬意なんて伝わらない。

 

マダガスカルでカラヲステル」というタイトルでブログを綴らせてもらった。自分の中に取り込むことの出来るものの総量は決まっていて、デトックスをする様に要らないものを捨てることで初めて新たな重要な事柄を吸収できると考えていたからだ。日本で培ってきてしまった固定概念や色眼鏡を外すことで、違ったものの考え方・重視すべきものの選別の仕方を新たに手に入れようと思っていた。結論から言う。新しい何かを得ることも、殻を捨てることも出来なかった。理由は簡単だ。どちらも必要が無かったからだ。

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今まで僕は数の足らない七並べをしていたのかも知れない。どんなに新しい手札を増やして新しい知識を得たとしても、必要なたった一枚のカードさえ無ければゲームは永遠に終わることが無い。同様にどんなに自分の手札を捨てて固定概念を無くしたところで、必要なたった一枚のカードさえ無ければどうすることも出来ない。その最後の一枚、いわば一番重要なカードはどこにあるのか。きっとそれは手札や場にはなくて、自身の胸ポケットにしまってある。重要なことは新しい何かを手に入れることでもない。今持っている不必要な物を捨てることでもない。本当に重要なものは既に胸にしっかりしまってある。

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「大事なことは既にあなたは知っています。」そんな強烈なメッセージを社長から受け取った。決して僕に言葉にして投げかけてくれたわけではない。社長の背中が全て物語っていた。人との縁をどこまでも大切にすること。絶対に諦めないこと。人の役に立つこと。自分に自信を持つこと。そんなこと全て0歳で生まれた瞬間から23歳の10月12日までの間に触れてきた。両親に幾度となく言われ、先生に幾度となく聞かされ、本の中で幾度となく読まされた言葉だ。日本から離れて、遥か遠くマダガスカルにまで渡航して見つけ出した黄金は僕の知っている形をしていた。しかし、逆に言えばいつでも触れることが出来るが故に見つけ出すことが難しい。事実、儒家の始祖孔子の言葉は深奥な哲理でも無く、神秘的なお告げでもない。平々凡々、世にありふれた道徳であった。卑近な真理を、最も重要な一要素として教わった。マダガスカルで関わってくれた全ての人に心から感謝したい。

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マダガスカルを代表する木であるバオバブは高さ30mにまで成長するものもある。平坦な大地にひと際目立つ大樹は見るものを圧倒する。しかし生まれたばかりバオバブはあまりにか弱く、いとも簡単に淘汰されてしまいそうだ。しかし過酷な乾季の乾燥に耐え、雨季の猛烈な風雨に耐え、数センチずつ大きくなる。急成長することは無いが、成長の歩みを決して止めないその強さに何か感じるものがある。バオバブの若木に自らを投影した。

 

アタリマエの定義を探しに…

Malaza Societe General